交通事故の加害者に支払能力がないと損害賠償金を支払ってもらえない?

交通事故の被害に遭った場合の一般的な流れとしては、加害者の任意保険会社と交渉をして交通事故により被った損害額を支払ってもらう、というものです。では、加害者が任意保険に加入していないケースで、加害者が任意に支払ってくれない場合や、加害者が被害者の損害額を支払うのに充分なお金を持っていない場合(これを専門用語で「無資力」といいます)には、被害者はどうすればよいのでしょうか。被害者自身でなんとかできるのでしょうか。
今回は、支払能力はあるが支払いをしてくれない場合の回収手続をご説明しつつ、これと並行して支払能力のない人に損害賠償請求をする際の流れについて説明していきたいと思います。
なお、自賠責(自動車損害賠償損害保険)の手続も取り得ますが、本記事ではあくまで相手方に直接請求する場合に絞ってご説明いたします。
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まずは加害者側と交渉
とにもかくにも初めに行うのは相手方との交渉です。事故にあったときに、住所や電話番号などの情報を聞いておき、後々損害が生じたときに請求するのがよいです。
この流れは相手方が任意保険に加入しているときと同じです。
ただし、相手方が任意保険に加入していない場合との大きな違いは、「交渉が難航しやすい」という点にあります。
任意保険会社が被害者と相手方の間に入らず加害者と直接交渉をするため、交渉は相手方が任意保険に加入している場合よりも、より一層困難を極めることになるでしょう。
実際にあったケースでは、相手方が「なんでお金を払わなくちゃならないんだ!ふざけるな!」と怒ったり、「もっと安くなるでしょ、まけてくださいよ」などとごねたり、交渉の障害となる返答をされた、という話をしばしば耳にします。
ましてや、相手方が無資力の場合には、その傾向がより顕著に現れます。
相手方は、交通事故を起こした原因が自分にあるということは分かっていても、いざ自分の身銭を切るということになると惜しいと感じる人が多いのでしょう。
交渉で解決しなければ訴訟に
そうはいっても、「金は払わん!」と言っている人から無理やりお金を奪い取ることはできません。
もしこのような人からお金を無理に奪い取ってしまうと、窃盗罪(刑法第235条)に該当するため、逆に被害者が処罰されてしまいます。
交渉がうまくいかなかった場合には、今度は訴訟をします。
訴訟とは、皆さんがよく想像する裁判と同じものです。
すなわち、裁判所に対して「加害者のせいで交通事故に遭い、損害が発生してしまった。加害者に支払わせてほしい」と意思表示をするのです。
では、訴訟をするためにはどのような手続が必要なのでしょうか。
訴訟をするためには、訴状というものを作成しなければなりません。
この訴状に何を書かなければならないのかは全て法令で決まっており、当事者の表示・送達場所・請求の趣旨・請求の原因・証拠方法など多岐にわたります。
ただし、専門用語も多く技術的なものですし、どれか1つでも欠けると裁判所が受け付けてくれない場合もあるので、注意をする必要があります。
そのうえで、訴状を作成したら今度は裁判所に提出します。
ただし、どの裁判所に出してもいいというわけではありません。
訴額(請求額)や、当事者の住所、交通事故が発生した場所などに応じて、地方裁判所なのか簡易裁判所なのか、どの都道府県のどの裁判所なのか、ということが決まります。
訴状を提出し終えたら、いよいよ裁判が開始します。
このように、ご自身で訴訟をするとなると、調べたり書いたりすることが非常に複雑で多岐にわたるため、詳しくお知りになりたい方は、下記の記事に詳細を記載しておりますので、そちらをご参照ください。
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では、訴訟をして無事に勝訴したら、それだけで相手方から交通事故によって生じた損害額を支払ってもらえるのでしょうか。
結論を申しますと、これだけでは「絶対に支払ってもらえる」というわけではないのです。
確かに、裁判所から判決が出て「損害額に相当する金額を支払いなさい」と言われると、通常の人であれば任意に支払ってくれることもあります。
しかし、裁判所の判決は、あくまで「被告は原告に対して金〇万円を支払わなければならない」というような義務があることを確認するだけで、実際に被害者に支払わせるところまでの強制力はないのです。
したがって、裁判所の判決で「お金を払いなさい」と命令されたとしても、頑固な人なら払わないということも充分にありうるのです。
強制執行について
では、訴訟をして相手方に勝訴しても損害額に相当する金額を払ってもらえないときはどうすればよいのでしょうか。
答えは強制執行です。
強制執行とは、債権者の債務者に対する私法上の請求権を国家権力をもって強制的に実現する手続をいいます。
言い換えると、国家がお金を払おうとしない人の財産を売って、そのお金を債権者(交通事故の被害者)に支払う手続です。
大まかな手続を見てみましょう。
強制執行の代表例は不動産ですので、まずは不動産の強制執行についてご説明いたします。なお、ここでは交通事故の被害者を「債権者」、加害者を「債務者」といいます。
まず、債権者は不動産を管轄する地方裁判所に不動産強制競売の申立てをします。
裁判所は、強制競売のための条件がそろっているかどうかを検討し、条件がそろっていると判断すると、強制執行を開始する決定を出し、当該不動産に差押えの登記をします。
そして、不動産を売る手続に入ります。
売却の前提として、裁判所は、いわゆる「3点セット」を作成します。この3点セットとは、
✔ 不動産の写真などが添付された現況調査報告書
✔ 競売物件の周辺の環境や評価額が記載され、不動産の図面などが添付された評価書
✔ そのまま引き継がなければならない賃借権などの権利があるかどうか、土地又は建物だけを買い受けたときに建物のために底地を使用する権利が成立するかどうかなどが記載された物件明細書
の3つです。これらの資料を見て売却基準額を設定します。
そのうえで、裁判所は当該不動産の買受けを希望する者に実際に売却します。その手続は入札の方法により行われます。
これによりお金が生じると、裁判所が債権者にお金を渡します。
以上が、不動産の強制執行の大まかな流れです。
動産や債権も強制執行の対象となるところ、基本的な手続は不動産と同じです。細かな部分が異なることはありますが、おおむねこのイメージをお持ちいただければ結構です。
では、債務者がどのような財産を持っているのか明らかではない場合には、どうすればよいのでしょうか。
民事執行法は、このような場合に備えて、「財産開示手続」という制度を用意しております。この制度は、裁判所を介して公権力で相手側に財産を開示させるための手続をいいます。
債権者がこの申立てをすると、裁判所が債務者を呼び出して、「債務者にどのような財産があるのか」という話を聞いてくれます。
債務者が、この裁判所の呼び出しに応じなければ、過料の制裁があります。
このように、勝訴判決をもらっても一定の金額を支払ってもらえない場合には、強制執行手続を利用することとなります。
もっとも、強制執行手続は、債務者(加害者)に一定の財産があることが前提です。
では、何の財産も持っていない人が債務者(加害者)である場合には、どうすればよいのでしょうか。
この場合には、残念ながら、法的に債務者(加害者)本人から直接お金を回収する方法はありません。
この場合には、一定の金額を第三者に立て替えてもらうか、保証人になってもらって、弁済期が来ても払わない場合に保証人に支払ってもらうなど、ほかの方法を模索することとなります。
保全手続について
以上が、交通事故によって発生した損害額を回収するための手段です。ここで、「保全手続」という制度をご紹介したいと思います。
保全手続とは、債権者の現状を保全したり、債権者の権利や地位を暫定的に認める制度です。この定義だとやや分かりにくいので、もう少しかみ砕いて説明しましょう。
上記のように、強制執行手続で損害額相当額を回収できればよいのですが、どうしても払いたくないという債務者は、勝訴判決から強制執行をされるまでの間に財産隠しをする可能性があります。
不動産でいうと、名義を誰かに変えたり、動産でいうとだれかに売ってしまったり、預金などの債権でいうと現金化してどこかに隠したりするリスクです。
この行為は強制執行妨害罪という犯罪なので、一定程度は抑止されております。しかし、実際に財産隠しなどをされた場合には民事で回収できなくなるおそれがあります。
このようなリスクを防ぐために、訴訟をする前に民事保全をします。
この手続を経ると、事前に債務者が財産を処分できないようにしてくれますので、強制執行を検討される方はこの点にもご留意ください。
加害者が破産した場合の対応
次に、加害者が破産した場合についても触れておきます。
加害者が破産した場合には、被害者の損害賠償も事実上できなくなってしまうのでしょうか。
この点については、破産法上、加害者が破産しても「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権は免責されない(引き続き請求できる)」とされています。
ここにいう「悪意」とは、積極的な害意を意味するため、交通事故の引き起こした加害者に過失しかないような場合には、残念ながら免責されてしまいます。
そのため、この場合には被害者は損害額を回収できません。
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まとめ
以上をまとめますと、加害者が任意保険に加入していない場合に、直接加害者に対して損害賠償請求をするときは、加害者に財産がある場合にのみ、回収することができ、加害者に財産がなければ回収することができません。
このような場合には、思わず親などに「親族なのだから責任をとれ」と言いたくなりますが、例外的なケースを除き、法的には親族に責任はありません。
そのため、第三者に代わりに支払ってもらう方法をなんとか捻出しなければなりません。
また、弁護士に依頼すると却って高くつくのではないかと心配される方も多くいらっしゃいますので、ご自身のケースではどうなりそうなのかなど、一度弁護士に相談されてみるのが良いかと思います。
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