交通事故の逸失利益をライプニッツ係数を用いて計算する方法

交通事故で負傷し、後遺障害を負ったり、死亡したりすれば逸失利益が損害として認められます。逸失利益とは、加害行為がなければ被害者が将来得られるであろう経済的利益を失ったことによる損害をいいます。しかし、逸失利益の詳しい計算方法についてはご存じない方がほとんどだと思います。そこで、本稿では、後遺症害及び死亡による逸失利益の計算方法について解説します。
- 目次
後遺障害逸失利益とは
後遺障害とは
後遺障害とは、
「交通事故による傷害の症状固定後に残存する当該障害と因果関係があり、かつ、将来においても回復困難と見込まれる精神的または身体的な毀損状態」
をいいます。ここにいう症状固定とは、治療を続けてもそれ以上症状の改善が望めない状況をいいます。
例えば、交通事故により骨盤を骨折したとします。入通院による治療により、骨折自体は治癒してゆき、ある程度は元通りに治ります。
しかし、被害者が病院で治療を続けても完全に事故前の骨盤の状態に戻らず、変形した状態を残したままになることがあります。
このような場合は、後遺障害が認められることが多いでしょう。
そして、後遺障害に対する逸失利益や後遺障害慰謝料の損害の補填を受けるためには、損害保険料率算出機構の調査事務所による等級認定を受ける必要があります。
後遺障害逸失利益の計算は、
「(基礎収入)×(後遺障害等級に対応する労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)」
により求められます。ただ、これだけみてもよく意味が分かりませんね。以下、1つ1つ計算式の各項目の内容について説明します。
基礎収入について
基礎収入は、給与所得者の場合、原則として事故前の現実収入を基礎として算出しますが、将来、現実収入額以上の収入を得られることが証明できれば、その金額が基礎収入となります。
自営業者、自由業者、農林水産業などに従事する者については、申告所得を参考にしますが、申告所得と実収入が異なる場合には、実収入を証明することができれば、実収入額を基礎収入とすることができます。
事故前の収入は市町村長作成の住民税の納税証明書、課税証明書、所得証明書、確定申告書の控えなどによって証明します。
後遺障害等級について
後遺障害は、後遺障害の程度に応じて第1級から第14級までの等級に分類されます。
例えば、交通事故により両眼が失明した場合であれば、後遺障害等級は第1級(1号)となり、前述の骨盤骨折により、骨盤骨に著しい変形が残った場合であれば、後遺障害等級は第12級(5号)となります。
後遺障害等級の詳しい内容については、以下の記事を参照してください。
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後遺傷害等級が認められるためには損害保険料率算出機構の調査事務所による等級認定を受ける必要があります。等級認定を受ける手続は以下の通りです。
①医師に検査をしてもらう
②後遺障害診断書を記載してもらう
③後遺障害診断書を自賠責保険会社に提出する
という流れです。
後遺障害等級認定に不服がある場合は、異議申立をすることができます。
労働能力喪失率について
後遺障害等級によって、後遺障害慰謝料の金額が決まるとともに、逸失利益を算定する基礎となる労働能力喪失率が決まります。
労働能力喪失率とは、「後遺障害によって、労働能力がどのくらい喪失したのかを示した割合」です。この割合は、国が示した労働能力喪失率表を基準にすることが一般的です。
例えば、後遺障害等級が最も高い第1級から第3級の労働能力喪失率は100%であるのに対し、後遺障害等級が最も低い第14級の労働能力喪失率は5%になります。
もっとも、労働能力喪失率表はあくまで目安であって、第14級だから必ず5%しか認定されないという意味ではありません。
現実の裁判実務では、労働能力喪失表の数値を参考に、被害者の職業、年齢、性別、後遺症の部位、程度、事故前後の稼働状況などの事情を総合的に判断して労働能力喪失率を認定します。
労働能力喪失期間について
労働能力喪失期間の始期は原則として症状固定日で、未就学者の就労の始期については原則として18歳となりますが、大学卒業を前提とする場合は大学卒業時となります。
労働能力喪失期間の終期は原則として67歳です。症状固定時の年齢が67歳を超える者については、原則として簡易生命表の平均余命の2分の1を労働能力喪失期間とします。
症状固定時から67歳までの年数が簡易生命表の平均余命の2分の1より短くなる者の労働能力喪失期間は、原則として平均余命の2分の1とします。
簡易生命表とは、厚生労働省が毎年発表している平均余命などを計算した表のことです。
例えば、症状固定時に17歳の者で、大学に進学予定にない者の労働能力喪失期間は49年(67歳-18歳=49年)となります。
また、症状固定時に37歳である者の労働能力喪失期間は30年(67歳-37歳=30年)となります。
また、症状固定時の年齢が70歳男性である者の労働能力喪失期間は、8年(簡易生命表平成27年度の70歳男性の平均余命は15.64歳であるから、15.64÷2=7.82≒8年)となります。
もっとも、労働能力喪失期間の終期は、職種、地位、健康状態、能力等により上記で述べた原則とは異なった判断がされる場合があります。
例えば、むち打ち症で、後遺障害等級が14級と認定された場合には、労働能力喪失期間は5年程度に制限されるケースが多いです。
ライプニッツ係数について
逸失利益は、労働能力喪失期間中の長期間にわたって都度発生する収入減による損害を、被害者が一括して受け取ることになります。
受け取ったお金を預金や運用などすれば、利息がつき利益を得ることができますが、この利息は、本来得ることができないものです。
したがって、この利息分を(実際に預金や運用などにより利息を得たか否かにかかわらず)一律に控除した金額が被害者が受け取ることができる逸失利益となります。
逸失利益を算出するにあたり、この利息を控除するために用いる指数が、ライプニッツ係数です。
後遺障害逸失利益の計算例
最後に、後遺障害逸失利益の計算方法を具体例で見ていきましょう。
29歳の男性会社員(年収400万円)が、後遺障害等級9級に該当する後遺障害を負った場合、原則的な後遺障害逸失利益の計算は以下の通りです。
なお、後遺障害等級9級に対応する労働能力喪失率は35%、労働能力喪失期間38年(67歳-29歳)に対応するライプニッツ係数は16.8679として計算しています。
基礎収入×後遺障害等級に対応する労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
=400万円×35%(0.35)×16.8679
=2,361万5,060円
死亡逸失利益とは
死亡逸失利益について
死亡逸失利益とは、交通事故により被害者が死亡した場合、死亡した被害者が生存していれば得られたであろう収入相当額の損害をいいます。
死亡逸失利益は、
「基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数」
により求められます。以下では、計算式の各項目の内容について説明します。
基礎収入について
基礎収入の算出方法は、後遺傷害逸失利益の基礎収入の算出方法と同様です。「後遺障害逸失利益とは 基礎収入について」を参考にしてください。
生活費控除率について
被害者が死亡すると、被害者が将来得られるはずだった利益が失われますが、同時に将来生活費として支出するはずだった費用は支払わなくて済むことになります。
そこで、死亡逸失利益の計算に当たっては支払わなくて済んだ生活費を控除することになっています。そして、控除すべき被害者の収入額に占める生活費の割合を生活費控除率といいます。
生活費控除率は、被害者の家庭内の地位に応じて、原則として収入額の30~50%の範囲内の数値とされます。
一般的に、一家の支柱(その収入を主として世帯の生計を維持していた者)および女性の場合には30%~40%、その他(単身男性、男児など)は50%が生活費控除率の基準とされます。
ただし、女子年少者の場合に、全労働者(男女計)の全年齢平均賃金を基礎収入とする場合には、その生活費控除率は40%~45%とすることが多いです。
もっとも、生活費控除率についても画一的なものではなく、裁判実務では、上記の数値を基準としつつ、被扶養者の有無・人数、事故後の親族関係の変動、相続人が兄弟姉妹であるか否か、収入の多寡、共働きか否かなどの事情によって修正されることがあります。
就労可能年数について
就労可能年数の算出方法は、後遺傷害逸失利益の労働能力喪失期間の算出方法と同様です。「後遺障害逸失利益とは 労働能力喪失期間について」を参考にしてください。
死亡逸失利益の計算例
最後に、死亡逸失利益の計算方法を具体例で見ていきましょう。
例えば、29歳の独身男性会社員(年収400万円)が、死亡した場合、原則的な死亡逸失利益の計算は以下の通りになります。
なお、生活費控除率は50%、就労可能年数38年(67歳-29歳)に対応するライプニッツ係数は16.8679として計算しています。
基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数
=400万円×(1-0.5)×16.8679
=3,373万5,800円
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おわりに
以上、後遺障害及び死亡逸失利益の計算方法について解説しました。
もっとも、個別の事案ごとに逸失利益の計算の基礎となる数値は異なっており、画一的なものではないことに注意が必要です。
また、後遺障害等級の認定や労働能力喪失期間の認定については争いが生じることも少なくありません。
後遺障害等級の認定や保険会社や相手方の逸失利益の金額の提示に納得がいかない場合は、専門知識を有している弁護士に相談することをおすすめします。
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